東京の実家へ、そしてはやぶさで帰る ― 親の時間と街の時間

母に会い、はやぶさで帰る夜 人生後半の整え
母に会い、はやぶさで帰る夜

昨日、東京の実家へ行ってきた。
姉と一緒に、母の入っている特別養護老人ホームを訪ねるためだ。

施設では担当の方が丁寧に説明をしてくださり、今の母の状態と、これからのことについて話を聞いた。
書類にもサインをしてきた。

幸いなことに、母はまだ看取りの段階ではないとのことだった。
もちろん安心しきれる状況ではないが、施設の方々が丁寧に対応してくださっている様子を見て、少し心が落ち着いた。

面会は一階のロビーだった。

私は正直なところ、もう車いすにも乗れないのではないかと思っていた。
しかし母は普通に車いすでロビーに来てくれた。

その姿を見たときは、少し驚いた。

私の顔を見ると母は言った。

「この人誰?」

以前なら少し悲しい言葉だったかもしれない。
でも今は違う。

それは母がまだ生きている証でもある。
むしろ、どこか嬉しい気持ちにもなった。

母の好きなお菓子の話になり、姉が聞いた。

「カステラとどら焼き、どっちがいい?」

すると母は少し考えて言った。

「重い方がいいね。」

姉と二人で思わず顔を見合わせてしまった。
どちらとも言っていないのに、妙に納得してしまう答えだった。


そのあと、実家の環境を整える作業をした。

父は今、一人で団地に住んでいる。
ただし、小規模多機能ホームにお世話になっていて、週の半分くらいは泊まりに行く生活をしている。

残りの日は家で暮らしているので、見守りカメラを設置することにした。

Wi-Fiも契約して、何とか環境を整えた。
途中で設定を少し失敗してしまい、カメラの映像がカクカクしたりもしたが、今は落ち着いているようだ。


帰りは新幹線のはやぶさだった。

隣の席は空いていて、静かな時間だった。
スピードメーターのアプリを入れてみたら、298キロ出ていた。

はやぶさは本当に速い。

その速さの中で、いろいろなことを考えていた。

Wi-Fiの設定は大丈夫だろうか。
カメラはちゃんと動いているだろうか。
妻の様子はどうだろうか。

そんなことを思いながら仙台へ向かった。

やがて列車のスピードが落ちてくる。
窓の外に見慣れた景色が見えてくる。

その瞬間、

「ああ、帰ってきたな」

と思う。


実家の団地を歩くと、いつも時間の流れを感じる。

昔は子どもだらけだった。
商店街の夏祭りはとてもにぎやかで、夜には提灯が並んだ。

女の子たちは浴衣を着て、
男の子たちは意味もなく集まっていた。

そんな空気があった。

そういえば父が夏祭りのカラオケ大会で歌っていたこともある。
今思うと、あれもいい思い出だ。

今は団地に若い人は少なく、海外の人の姿も見える。
京王線の駅も地下に潜り、表示も多言語になった。

街は確実に時代を進んでいる。


それでも昨日は、
母の顔を見て、姉と話し、父の生活環境を整え、
少しだけ安心して仙台に帰ってきた。

暮らしというものは、
こうして一つ一つ整えていくものなのかもしれない。

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