若い頃の私は、人生をどこか「競争」のように捉えていた気がする。
人より前に進むこと。
遅れないこと。
できれば、少しでも上に行くこと。
口に出すことはなくても、
心のどこかにそんな物差しを持っていた。
気づけば、人と自分を並べて見ていた。
誰がどんな仕事をしているのか。
どんな暮らしをしているのか。
どこまで進んでいるのか。
そして、ときどき静かに比べていた。
勝っているとか、負けているとか、
そこまでは思っていなかったかもしれない。
けれど振り返れば、
どこかで順位のようなものを意識していたのだと思う。
若い頃は、それが自然だった。
社会もまた、前へ進むことを勧めてくる。
立ち止まらないように。
遅れを取らないように。
私も、その流れの中で歩いてきた。
ただ、年齢を重ねるにつれて、
少しずつ違和感を覚えるようになった。
人生は本当に、
誰かと競いながら進むものなのだろうか。
あるとき、ふと思った。
もし人生が競争なのだとしたら、
私はいったい誰と戦っているのだろう。
その問いに、はっきり答えることができなかった。
答えのないまま立ち止まったとき、
もう一つの考えが静かに浮かんできた。
もしかすると——
人生は勝つためのものではないのかもしれない。
そう思った瞬間、
胸の奥にあった何かが、少しほどけた気がした。
勝たなくてもいい。
誰かより上でなくてもいい。
そう考えると、不思議と視界が広がった。
これまで見えていなかった景色が、
ゆっくりと目に入ってくるようだった。
遠回りした時間。
思い通りにいかなかった出来事。
立ち止まった日々。
以前なら、どこかで「遅れ」として捉えていたものが、
今は違って見える。
あれはあれで、私の人生だったのだと。
人にはそれぞれの速度があり、
それぞれの道がある。
もしそうだとしたら、
そもそも比べる必要などなかったのかもしれない。
最近は、そんなふうに思う。
人生は、誰かに勝つための場所ではなく、
ただ歩いていく場所なのだろう。
速くてもいい。
ゆっくりでもいい。
ときには立ち止まってもいい。
大切なのは、
その道が自分のものであることだけなのだと思う。
これまでの私は、
知らず知らずのうちに「勝ち負け」という考えに
少し疲れていたのかもしれない。
だからだろうか。
人生は競争ではない、と感じはじめてから、
肩のあたりが軽くなった気がしている。
特別な何かを手に入れたわけではない。
状況が大きく変わったわけでもない。
ただ、見方が変わった。
それだけで、
こんなにも心は静かになるのだと知った。
これから先も、
迷うことはきっとあるだろう。
それでももう、
誰かと同じ土俵に上がろうとは思わない。
自分の道を、自分の歩幅で歩いていく。
最近は、それがいちばん自然に感じられている。
人生は、勝つゲームではなかった。
どうやら私は、
ようやくそのことに気づきはじめたところらしい。
勝とうとするのをやめたとき、私はようやく人生の中に立っていた。
人生は、誰かに勝つためのものではなく、自分の道を歩くためにあったのかもしれない。
人生は思っているより広く、競争は思っているより小さいのかもしれない。
