第一話 比べ続けていた私が、比べなくなった日

比べ続けていた私が、比べなくなった日 整える人生
比べ続けていた私が、比べなくなった日

長い間、私は人と自分を比べながら生きてきた。

とりわけ気になっていたのは、高校時代の同級生だった。
彼らは大学を出て、一流企業に入り、早期退職をして、今は悠々自適に暮らしている。

同窓会の知らせが届くたびに、心のどこかがざわついた。
会えばきっと、まぶしく見えるのだろう。
自分はどう見られるのだろう。
そんなことを考えてしまう自分がいた。

もちろん、表向きは何でもない顔をして過ごしてきた。
けれど心の奥では、ずっと測っていたのだと思う。
他人の人生という物差しで、自分の現在地を。

若い頃は、それが当たり前だった。
むしろ、比べることで前に進めるとさえ思っていた。

けれど、ある時から少しずつ違和感が生まれはじめた。

比べたところで、何かが満たされるわけではない。
むしろ、静かに疲れていく。

そんな自分に、ようやく気がついた。

今年の春、還暦を祝う学年全体の同窓会が東京で開かれると聞いた。
今の住まいからは遠く、交通費もかかる。
実家には認知症の父もいる。

いくつか理由はあったけれど、最終的に私は欠席の連絡をした。

以前の私なら、無理をしてでも出席していたかもしれない。
何となく「行くべきもの」のように感じていたからだ。

だが今回は、不思議と迷いが少なかった。

行かないと決めたあと、心がとても静かだった。

そのとき、ふと気づいた。
私はもう、比べる場所に自分を連れていこうとしていないのだと。

羨ましいという気持ちが消えたわけではない。
ただ、それが以前ほど心を揺らさなくなっていた。

人にはそれぞれの時間があり、
それぞれの道がある。

そんな当たり前のことが、ようやく自分の中に落ちてきたのかもしれない。

振り返れば、私の人生も決して平坦ではなかった。
遠回りもしたし、思い通りにいかなかったことも多い。

それでも、その時々で自分なりに考え、選び、歩いてきた。

最近になって、ようやく思う。

この道は、誰のものでもない。
私自身の道だったのだと。

比べることをやめよう、と決意した覚えはない。
気づいたら、少しずつ手放していた。

もしかすると、人は年齢とともに
背負いすぎたものを静かに降ろしていくのかもしれない。

競争も、見栄も、証明したい気持ちも。

その代わりに残るのは、
「自分の歩幅で生きたい」という、ささやかな願いだけだ。

いまの私は、特別な成功を望んでいるわけではない。
ただ、自分が納得できる毎日を重ねていけたら、それでいいと思っている。

あの日、同窓会の欠席を決めたことは、
小さな出来事だったのかもしれない。

けれど私にとっては、
他人の人生からそっと降りた日でもあった。

これから先も、迷うことはきっとあるだろう。
それでももう、必要以上に誰かと自分を並べることはないと思う。

自分の道を、自分の速度で歩いていく。

最近は、それがいちばん自然に感じられている。

人は、人と比べるのをやめたとき、ようやく自分の人生に戻ってくるのかもしれない。

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