第十話 人生は、静かな手続きの先で動き出す

人生は、静かな手続きの先で動き出す 整える人生
人生は、静かな手続きの先で動き出す

人生には、大きな決断よりも、
静かな手続きによって動く瞬間がある。

先日、法務局へ行った。
目的は、今住んでいる家の所有権移転——相続登記のためである。

窓口に書類を提出し、手続きが完了したとき、
不思議と胸の奥に小さな安堵が広がった。

それは達成感というより、
長い時間をかけて背負ってきたものを、
そっと降ろしたような感覚だった。

思えばここまでの道のりは、決して平坦ではなかった。

介護、施設探し、度重なる判断。
目の前の現実に向き合いながら、
ただ一つひとつを整えるように進んできた。

渦中にいるとき、人は「大変だ」とさえ思わない。
ただ、今日を越えることに精一杯になる。

けれど振り返ってみると、
その積み重ねが確かに人生を前へ運んでいたのだと分かる。

第九話で、私はこんなことを書いた。

「始めるのに、ふさわしい年齢などない」と。

もしかすると人生は、
何かを始める決意によって動くのではなく、
こうした現実の節目によって、静かに次の章へ進んでいくのかもしれない。

手続きというものは不思議だ。
書類の上では、ただ名義が変わるだけ。

だが実際には、そこに流れていた時間や、
家族の歴史までもが、ひとつの区切りを迎える。

帰り道、妻の表情がどこか柔らいで見えた。
きっと私も同じ顔をしていたのだろう。

大きな出来事は、案外静かに終わる。
そして静かに、次が始まる。

これから先、特別なことは起こらなくていい。
ただ穏やかに暮らしていけたら、それで十分だ。

急がなくてもいい。
大きく変わらなくてもいい。

人生はきっと、こうした節目のたびに、
少しずつ形を変えながら続いていく。

第九話で気づいたことがある。
そして第十話のいま、ひとつ分かったことがある。

人生は、決意した瞬間に動くのではない。

整えた人のところから、静かに動きはじめるのだ。

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