第七話 遅い人生には、遅い人生の豊かさがある

遅い人生には、遅い人生の豊かさがある 整える人生
遅い人生には、遅い人生の豊かさがある

若い頃の私は、できるだけ早く前に進むことが良いことだと信じていた。

早く結果を出すこと。
早く認められること。
早く安定すること。

気づけばいつも、どこか急いでいたように思う。

周囲の歩みが速く見えるほど、
自分も遅れないようにしなければならないと感じていた。

だが人生を歩き続けるうちに、
少しずつ分かってきたことがある。

人にはそれぞれの速度がある、ということだ。

速く進める人もいれば、
ゆっくり進む人もいる。

どちらが優れているわけでもない。

ただ、その人の歩幅があるだけなのだろう。

振り返れば、私の人生は決して速いほうではなかった。

遠回りもした。
立ち止まる時間もあった。
思い描いていた通りに進まなかったことも多い。

以前の私は、そんな自分をどこかで責めていた。

もっと要領よく生きられたのではないか。
違う道もあったのではないか。

そんな考えが頭をよぎることもあった。

けれど最近、ふと感じることがある。

もしこの速度でなければ、
見えなかった景色があったのではないか、と。

急ぎ足では通り過ぎてしまうような小さな出来事。
何気ない出会い。
静かな時間。

そうしたものが、いつの間にか自分の中に積み重なっていた。

遅い歩みには、遅い歩みだけが出会えるものがある。

どうやらそれは、失った時間ではなく、
静かに育っていた時間だったらしい。

年齢を重ねたいま、以前ほど焦ることがなくなった。

追いつこうとしなくていい。
無理に並ばなくていい。

そう思えるようになってから、
心のどこかに余裕が生まれた。

人生は短距離走ではなく、
もともと比べることのできない旅なのかもしれない。

速さよりも大切なのは、
自分の速度で歩いているかどうか。

最近は、そんなふうに思う。

ゆっくり進むことは、
決して後ろ向きではない。

むしろ、一歩一歩を確かめながら歩くということなのだろう。

これから先も、
思い通りに進まない日があるかもしれない。

それでももう、速さを理由に自分を否定することはないと思う。

遅いなら遅いなりに、
その歩みを引き受けていけばいい。

どうやら人生には、
遅い人生にしか見えない豊かさがある。

最近の私は、ようやくそれに気づきはじめたところらしい。

急がなくてもいい。

自分の歩幅で歩いていけば、
景色はちゃんと開けていくのだと思う。

人生の豊かさは、速さではなく、自分の歩幅で歩いた距離の中にあるのかもしれない。

速く進むことよりも、自分の歩幅で歩いてきたことのほうが、人生を豊かにするのかもしれない。

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