第三話 人生は勝つゲームではなかった

人生は思っているより広く、競争は思っているより小さいのかもしれない。 整える人生
人生は思っているより広く、競争は思っているより小さいのかもしれない。

若い頃の私は、人生をどこか「競争」のように捉えていた気がする。

人より前に進むこと。
遅れないこと。
できれば、少しでも上に行くこと。

口に出すことはなくても、
心のどこかにそんな物差しを持っていた。

気づけば、人と自分を並べて見ていた。

誰がどんな仕事をしているのか。
どんな暮らしをしているのか。
どこまで進んでいるのか。

そして、ときどき静かに比べていた。

勝っているとか、負けているとか、
そこまでは思っていなかったかもしれない。

けれど振り返れば、
どこかで順位のようなものを意識していたのだと思う。

若い頃は、それが自然だった。
社会もまた、前へ進むことを勧めてくる。

立ち止まらないように。
遅れを取らないように。

私も、その流れの中で歩いてきた。

ただ、年齢を重ねるにつれて、
少しずつ違和感を覚えるようになった。

人生は本当に、
誰かと競いながら進むものなのだろうか。

あるとき、ふと思った。

もし人生が競争なのだとしたら、
私はいったい誰と戦っているのだろう。

その問いに、はっきり答えることができなかった。

答えのないまま立ち止まったとき、
もう一つの考えが静かに浮かんできた。

もしかすると——
人生は勝つためのものではないのかもしれない。

そう思った瞬間、
胸の奥にあった何かが、少しほどけた気がした。

勝たなくてもいい。
誰かより上でなくてもいい。

そう考えると、不思議と視界が広がった。

これまで見えていなかった景色が、
ゆっくりと目に入ってくるようだった。

遠回りした時間。
思い通りにいかなかった出来事。
立ち止まった日々。

以前なら、どこかで「遅れ」として捉えていたものが、
今は違って見える。

あれはあれで、私の人生だったのだと。

人にはそれぞれの速度があり、
それぞれの道がある。

もしそうだとしたら、
そもそも比べる必要などなかったのかもしれない。

最近は、そんなふうに思う。

人生は、誰かに勝つための場所ではなく、
ただ歩いていく場所なのだろう。

速くてもいい。
ゆっくりでもいい。

ときには立ち止まってもいい。

大切なのは、
その道が自分のものであることだけなのだと思う。

これまでの私は、
知らず知らずのうちに「勝ち負け」という考えに
少し疲れていたのかもしれない。

だからだろうか。

人生は競争ではない、と感じはじめてから、
肩のあたりが軽くなった気がしている。

特別な何かを手に入れたわけではない。
状況が大きく変わったわけでもない。

ただ、見方が変わった。

それだけで、
こんなにも心は静かになるのだと知った。

これから先も、
迷うことはきっとあるだろう。

それでももう、
誰かと同じ土俵に上がろうとは思わない。

自分の道を、自分の歩幅で歩いていく。

最近は、それがいちばん自然に感じられている。

人生は、勝つゲームではなかった。

どうやら私は、
ようやくそのことに気づきはじめたところらしい。

勝とうとするのをやめたとき、私はようやく人生の中に立っていた。

人生は、誰かに勝つためのものではなく、自分の道を歩くためにあったのかもしれない。

人生は思っているより広く、競争は思っているより小さいのかもしれない。

タイトルとURLをコピーしました